「ドンテ・ホーキ」:2007年9月の日記
(算命学者・伯耆弘徳によるもうひとつの日記)


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2007.9.30(日)「今月のダイエット」

 モンゴルから帰ってきて体重計に乗ってみたら、たった5日間の出張で89キロから91キロに増えてし
 まってビックリ! 普通、発展途上国に行ったら食べ物が口に合わなかったり、衛生状態が悪くて下
 痢したりとかで痩せて帰ってくるものでしょ?
 
 インドやメキシコに行ったことのある友人や知人はみんな痩せて帰ってきたのに、なんで私の場合は
 太るわけ?

 思い出してみれば、モンゴル滞在中、食事は殆ど高級レストランばっかり案内されていたので、食べ
 物が口に合わないなんてことは全く無かったんですよねえ。

 普段はビールとかアルコール類は全然飲まないのに、モンゴルでは毎食ビールやお酒が出ていたし、
 出されたものは断らずにみんな頂いていたので、冷静に考えてみると結構高カロリーだったかもしれ
 ません、間違いない! ・・・反省します。。。

 で、ここ数日間、また気合いを入れ直してトレーニングに励んでいたのですが、今朝起きて計ったら
 なんとか今月のノルマだった88キロを達成できました。

 今月は94キロからスタートして88キロだから、最終的にマイナス6キロ。
 10月の目標は更にマイナス3キロで85キロに設定しました。

 一応、最終目標は年内に80キロを目指しています。除脂肪体重が70キロ丁度くらいなので、体脂肪
 だけあと8キロ落とすことになるわけ。体重80キロでそのうち体脂肪が10キロあるとすれば、体脂肪
 率は12.5%ということになるから、これなら結構引き締まって見えるようになるんじゃないかな。

 ちなみにダイエットサプリみたいなものは一切使っていません。
 食事(低炭水化物、低脂肪、ただし高蛋白質)とトレーニング(筋トレと有酸素運動の両方)だけで
 余分な体脂肪を少しずつ取り除いています。

 しかし、冬場にダイエットして体を引き締めても、別に水着になるわけでもないし、そのあと油断し
 てまたリバウンドでもしたら来年の夏はまたカッコ悪くなってしまう。。。

 本当は秋から冬にバルクアップして、春先から夏に向かって徐々に余分な脂肪だけカットしていくの
 が理想なんですけど、なんだか順番が逆になってしまっているみたいです、まあいいか。

 ダイエットも「算命学」の研究も、「継続は力なり」ですね(笑)

 


2007.9.29(土)「朝青龍がもう完全に治ったって?」

 

 

 


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2007.9.26(水)「未確認飛行物体?」

 きょう夕方5時少し前なんですけど、事務所の窓から外を眺めていて、東の上空に謎の光る物体? 
 ・・・をみつけました。

 一応写真を撮りましたが、ちゃんと写ってるかな? かなり遠くの方だったので。

 子供の頃はこういうので大騒ぎしたものですが、この年になると別にど〜でもいいや、って感じ。

 私が小学校6年生で弟が3年生のとき、一緒に学校から帰ってきて家の門をくぐって空を見上げたら、
 どれくらい遠くなのかよくわかりませんでしたが、巨大な光の玉(火球?)がゆっくりと飛んでいる
 のを目撃したことがありました。

 肉眼ではっきりとわかるくらいデカイ、しかも私だけでなく隣にいた弟も一緒に見たのですから、あ
 れは衝撃的でした。カメラを取りに家の中に飛んでいったのですが、あいにく見つからずにまた外へ
 出てみたら既に何処へと飛び去った後でした。

 あれは本当にすごかった、正体が何だったのかはよくわからないけど、あれこそはまさしく未確認飛
 行物体でした。 あれからもう、38年くらい経つんだなあ。

   いわゆるUFOとか、或いは霊能者とか、そういったものの存在は否定しないけど、でもあまりにも
 インチキが多い世界なので私自身は係わらないようにしています。

 そんじゃそこらの霊能者なんかより、私の方がスゴイっすよ(笑)

 でも私の肩書きは自然哲学者/算命学者ですので。
 霊感なんかで商売する気は全くありません。

 


2007.9.25(火)「きょうは十五夜です」

 暦を見たら、きょうは十五夜なんですね。夜空を見上げると、完全な満月ではありませんでしたが、
 まあ大体丸いかな、という感じではありましたが、ここのところ東京も結構涼しくなってきて、だい
 ぶ秋らしくなってきました。

 やっぱり私は、秋が好きです。

 


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2007.9.24(月)「自民党新総裁」

 とりあえず、今回は福田さんで良いのです。

 


2007.9.23(日)「大相撲〜横綱白鵬優勝」

 ウランバートル市内には新横綱・白鵬関の大きな看板がありました。今回、優勝できて本当に良かっ
 たですね。

 

 


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2007.9.20(木)「新しいエネルギー」

 石油にとって代わるような新しいエネルギーの研究・開発は、これまでにも世界中のいたるところで
 行われてきているのですが、そういう研究に関わった優秀な学者・研究者達が世界中である日突然に
 姿を消したり、亡くなったりしているという話があります。

 石油の利権を握って世界を支配している人達からすれば、石油に代わる新しいエネルギーなんてもの
 が出てきたら困るわけです。

 でも、日本のように石油の出ない国にとっては、そのような石油に代わる新しいエネルギーが早く登
 場してくれたほうが良いに決まってます。

 個人的に、石油やガソリンの匂いは大嫌いなので、早く新しいエネルギーに代わってほしいです。

 


2007.9.19(水)「無事に帰ってきました」

 本日朝6時45分にチンギスハーン国際空港を飛び立って、お昼に成田に戻ってきました。
 帰りの飛行機の中でも、やっぱりハエが飛んでいました(笑)

 今朝は3時半に起床して、朝4時にフラワーホテルにタクシーを呼んで、そこから空港まで約30分。
 料金は16,140tgだったから日本円にして1,600円くらいですね、ちょっと高かったかなあ。

 タクシーはフロントガラスの右上が銃弾でも打ち込まれたみたいにひび割れていて、こんなの日本で
 は絶対に車検通らないだろうって感じでした。

 モンゴルの道路はとにかくどこを走ってもガタガタ。おまけに信号機は背が低くて小さい、だからよ
 く見えないんですよねえ。

 成田に戻ってきたら、暑い! たまらずセーターを脱いでしまいました。

 

 


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2007.9.18(火)「ウランバートル市内観光」

 

 

 

 

 

 


2007.9.17(月)「大草原で馬に乗りました」

 今朝は7時くらいにもう目が覚めてしまったので、私はテレビを見ながら例の甘ったるい、不気味な
 インスタントコーヒーを飲んでいました(昨夜はベッドから落ちることもありませんでした)。

 クッションの全く効いていない硬いソファに腰かけながら、ぼんやりとテレビの画面を眺めていたの
 ですが、ふと、何気なく部屋のドアの方に目をやると、

 なっ、ななな、なんとっ! 

 きちんとロックしてあるはずの部屋のドアがいきなりほんの少しですが開いたのです!! 
 これは、ど〜いうことだあ???

 ちょっと間をおいて、またドアがす〜っと閉じて外から

 「アイム、ソーリー」

 と、女性の声が聞こえました(モンゴル語じゃなくて、英語だったんですよこれが)。
 おいおい、今のは何だったんだ? 私はまだ夢を見ているのか?

 いや、たしかにドアがほんの数センチ、開きました。私はこの目でモロにそれを見たのです。そして
 それがすぐに閉じたのもしっかり見ました。敵は私が起きていたのに気が付いて、慌ててドアを閉め
 たのでしょう。ロックしてあるはずのドアが開けられるということは、相手はマスターキーのような
 ものを所持しているということでしょうか? 私がぐっすり眠っていて気が付かなかったら、どうい
 う展開になっていたのでしょう?

 ガイドブックにはモンゴルのホテルでは夜中に勝手に部屋に忍び込んで宿泊客の金品を盗んでいく輩
 がいる、っていう話が載っていたような気がしたのですが、今のはまさにそれか!

 やばいやばい! 油断していたらこの先も何が起こるかわからないぞ!!
 モンゴル人は常にブーツの中にナイフを隠しているというから、下手すると刺されるかもしれない。


 きょうは昼食にロシア人学校の学生食堂に案内されました。ピロシキ(中身は挽肉ではなくてじゃが
 いもでした)とか野菜のスープ(少し羊の肉が入っていたかも)等、わりと美味しかったです。

 ロシア人学校だから、生徒も先生もロシア人が多かったようですが、地元のモンゴル人も少しいたみ
 たいです。モンゴルではかつての社会主義政策の名残りで、外国語としてロシア語を学ぶ人がかつて
 は多かったらしいのですが、最近は英語や、日本語を学ぶ学生が増えてきているといいます。

 みんな、ロシアとか或いは日本に留学したりして実績を積めば、将来はエリートとして活躍するチャ
 ンスが拡がるから、みたいですね。

 午後になって、大草原に行ってゲル(モンゴルの遊牧民が住むテント式の住居)を 見せてくれるとい
 うことになって、クルマに乗ってウランバートルの郊外、テレルジというところへ向かいました。

 何度でも書きますが、とにかくこの国は道路のコンディションが最悪で、クルマが上下に跳ねるんで
 すよ。これは日本ではまずあり得ないことです。一応、舗装された道路なんですよ。

 しばらく走っているうちに少しずつ景色が変わって、周囲に建物が殆ど見えなくなり、今まで見たこ
 とがない広大な空と雲、そして大草原の世界。

 これはすごい! 映画でも写真でもない、ホンモノの大草原です。この圧倒的なスケールの大自然を
 眺めることが出来ただけでも、モンゴルに来て本当によかったと思いました。

 そのうちに、ついにクルマは道路から逸れて大草原の中を走り始めました! 

 もしかしたら道路じゃないところをクルマで走るのは生まれて初めてかも。クルマ(大型ワンボック
 ス、たぶん中国か韓国製)は相変わらず上下にぴょんぴょん跳ねながらものすごいスピードで大草原
 の中、道のないところを突っ走ります。

 ちょっとこれ、横転するんじゃないの? 
 あの〜、このワイルドな運転はなんとかならないものだろうか!
 もはやクルマに乗っているって感じじゃありません、龍の背中にまたがって飛んでいるような、いや
 そんなファンタジックな世界じゃなくって、どちらかといえば遊園地のアトラクションみたいになっ
 てきたぞ〜。

 で、途中でちょっと立ち寄ったのが下の写真のところ。まだ建設中だそうで、外側からしか見ること
 が出来ませんでした。写真だとその大きさが、イメージが伝わりにくいと思いますが、このチンギス
 ハーンの像、ものすごくバカデカイんです。青いトタン板みたいなもので囲っていますが、それが高
 さ180センチくらいはありますから、そこから考えたら相当に大きなものですよ。中身は空洞で、馬
 の後ろ足の部分がエレベーターになっていて、そこから上の方に登れるようになるとかなんとかって、
 そんな説明を聞きました。

 

 


 さて、そこからまた車に乗り込んで走ることほんの数分、ようやく目的地の牧場に到着しました。
 ここは観光客用にゲル(テント式住居)の中を見せてくれたり、乗馬を体験させてくれたりするとこ
 ろ、だそうです。

 ゲルの内部の写真をボヤボヤしていて撮りそこねてしまったのですが、つうか、着いたらいきなり
 ビールを出されて、アルコールに弱い私は早くも顔が真っ赤。

 中は意外と広くて過ごしやすそうでした。いわゆるワンルームタイプの住居ですね。だから個々人の
 プライバシーみたいなものはここには無い、全部丸見えですもの(笑)。

 ちなみにお風呂やトイレは付いていません。じゃどうするのかっていうと、トイレは外に出て、穴を
 掘って済ませます(本当ですよ!)。これは男性も女性も同じです。

 風呂は、どうするんでしょう〜? まあ日本と違って空気がすごく乾燥しているから、あまり皮膚が
 ベトベトしないので、・・・でもみんなどうしているんでしょうねえ???   そういう肝心なこ
 とを質問し忘れました(すでに酔っぱらってました)。

 で、せっかくだから馬に乗りましょう、ということで私はビールで真っ赤な顔をしながら生まれて初
 めて乗馬を体験する羽目になりました。なにしろ馬を目の前で見たのも初めてだし、なんと挨拶すれ
 ばいいのかわからず、馬の後ろに立つと蹴飛ばされるから気をつけろ、なんて言われながらなんとか
 馬の背中に乗りました。

 と、まあここまでは良かったのですが、そのあとどうすればいいのか私は全くわからない、で、同行
 したモンゴルの関係者がもう1頭の馬に乗りつつ、私の馬の手綱を引いてくれました。

 お、おいっ、ちょっと待って下さいよ。私は、いったいどこにつかまっていればいいのだ?

 勝手の分からない私は、とにかく落馬したくないので必死になって馬の鞍の端っこを両手で掴んでい
 ました。たぶん実際は大したスピードでもなく、馬にしてみたらカポカポ歩いているだけだったのか
 もしれませんが、上体のバランスの取り方がわからなくてすごく恐かったです(そもそもビールを飲
 んだ直後ですよ〜、飲酒運転じゃん、いいの?)。
 それに、これどうやったら止まるの?

 馬の止め方、まだ教わってなかったんですけど〜(必死)


 以前に聞いた話ですが、日本人観光客を乗せた馬が勝手に暴走して、地平線の彼方に消え去ってしま
 った、という事件があったんだそうです。で、スタッフがオートバイで後を追いかけていったら、馬
 は自分の小屋に戻って何事もなかったかのように餌を食べていたとか。

 乗っていた観光客は無事だったそうですけど、もし途中で落馬したら、後から誰も助けに来てくれな
 かったら、間違いなくそこで死を迎えることになりますよねえ。。。 

 とにかくこのモンゴルの大地と空、遠近感が全くわからないくらいにとてつもなく広いんですから。
 5月にアメリカのグランドキャニオンに行ったときもそのスケールの大きさに圧倒されましたが、
 このモンゴルもすごい。こういうスケールの大きさって、日本じゃ体験出来ませんよねえ。

 ま、結局周りで見ていた関係者が止めてくれたので、無事に生きて降りることが出来ました。
 あ〜情けないなあ・・・。でも初めてだからしょうがないかあ。

 同行した他の人達はさすがモンゴル人、みんな映画で観るみたいにかっこよくさっそうと走って見せ
 るんですよねえ。うん、あれは本当にカッコよかった。

 またモンゴルに来る機会があったら、もうちょっと練習してみたいです。

 「今度は是非、真冬に来て下さい。狼狩りにご招待しますよ。」

 狼狩りはモンゴルでは「男のスポーツ」なんだそうです(だから女性は同行できないんですって)。
 いわゆるハンティング、ってやつですね。私は猟銃とか一度も撃ったことないんだけど、でも興味は
 ありますね。 もし撃ち損なったらどうなるのだろう? 狼に食われてしまうのだろうか?

 


 夜はまたウランバートル市内の高級レストランに招待されました。店内はかなり広かったですね。
 その店もいわゆるモンゴルの家庭料理を出すような店ではなく、バイキング形式で好きなものを選ん
 で食べられるのですが、モンゴルというよりは韓国風でした。ステージでは音楽の生演奏や踊りもあ
 って楽しかったです。

 今回、未だこれがモンゴルの味だ、という食事にありつけないのですが、まあいいか。

 さてさて、今夜もホテルに戻ってきたのが夜の10時を過ぎていたので、また大浴場には行けません
 でした。部屋でシャワーを浴びることにしたのですが、ここで私は今朝の

 「いきなり部屋のドアが開けられた事件」

 のことを思い出しました。

 で、下の写真です。部屋のテーブルやスツールをドアの前に積み上げて、バリケードを作りました。
 これなら誰も入ってこれないだろう! 安心してシャワーを浴びて、ベッドに入れるぞ。

 明日はいよいよ最終日、昼間はウランバートル市内の「恐竜博物館」等を見学する予定です。

 

 


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2007.9.16(日)「お仕事開始〜ホテル停電」

 今朝は9時頃起きて、ホテル内のレストランで朝食を摂りました。今回の滞在で宿泊している「フラ
 ワーホテル」はモンゴルでは割と高級ホテルの部類に入るそうなのですが、部屋の内装やインテリア
 類など、まあそれほど悪くはないかなといった程度。日本の例えばヒルトンとかプリンスとか、そう
 いうのに比べたら数百段落ちるかも知れませんが・・・。

 部屋のドアはすき間があって廊下の気配がよくわかります(笑)。これでは部屋の中の音もたぶん外
 には筒抜けでしょう。

 部屋にはエアコンはついていません。時計もない。BGMも流れません。小さなブラウン管のテレビは
 ありました、で、これでNHKの日本語放送が見られます。5階建てホテルの最上階、つまり5階の部屋
 に泊まったのですが、窓は普通に開きます。バスルームはタイル張りの床がひび割れていてちょっと
 へこんでいる部分がありました。

 トイレの便器は日本のいわゆる洋式便器と同じだったのでこれはちょっと安心しました。でもトイレ
 ットペーパーの幅が日本のものよりもちょっと狭いんです(ちょうど9センチ)、これは意外という
 か、面白い発見。

 水道の蛇口をひねるといきなり茶色の水が、ようするに水道管が錆びているのでしょう、しばらく水
 を流しっぱなしにしていたらキレイになりましたが、さすがにちょっとこの水を飲む気にはなれませ
 んでした。部屋に電気ポットが用意されていたので、これを使って一度沸騰させればインスタントコ
 ーヒーくらいは飲めるかな。ちなみに電源は220Vなので、日本製の電化製品はそのままでは使用で
 きません。

 それから、モンゴルってハエが多い。行きのモンゴル航空の飛行機の中にもいたし、空港まで迎えに
 来てくれたクルマの中にもいたし、ホテルのレストランにも当然のように飛んでいました。ホテルの
 部屋の窓を開けるとふつう〜に飛んで入ってきます(笑)。

 でも、あとで聞いてみたらこんなの序の口で、夏場はもっとすごいらしい。ハエだけじゃなくって、
 蚊もすごいそうです。あんまりこんなことばかり書いてるとホテルの悪口みたいになってしまうかも
 しれないけど、日本の感覚ではちょっとあり得ないことですよ。

 この「フラワーホテル」、モンゴル唯一の日系ホテルでスタッフには日本語・英語のわかる人が多い
 そうです。日本人客を意識しているのか、日本風の大浴場やカラオケバーまである。中にレストラン
 は3つあるそうで、それぞれ和食・中華・洋食が楽しめるそうです。モンゴルのホテルなのに何故か
 モンゴル料理を出すレストランがない、ど〜してなんだろう???

 この日の午前中はちょっと外を、ウランバートル市内を歩いてみようと思って外に出てみました。
 やっぱり昼間でもちょっと寒いですね。何か買い物をするかも知れないので、ホテルの両替所で少し
 両替をしました。2万円が202,000トゥグリクになりました。モンゴルの物価は日本のおよそ10分の
 1だそうです。そして公務員の月給が日本円にすると8000円程度だといいます。

 今回私が宿泊している部屋は料金が一泊17000円くらいするらしいのですが、これってモンゴル人の
 月給の2ヶ月分ってこと???  だから彼等が日本にやってくるのって、余程経済的に恵まれてい
 る人でもない限りは殆ど不可能みたいですね。飛行機代だけでも15万くらいかかるわけだから。

 さて外に出てみると道路はやはり、車道も歩道もデコボコです。やっぱり国にお金がないのでしょう
 か? 首都ウランバートルがこんな状態であるということは、田舎は大変そうですね。っていうか、
 田舎は大草原で遊牧民が移住生活をしているわけでちゃんとした道路なんてなさそうですよ。

 道路はクルマは右側通行(日本とは逆)で、走っているクルマは日本車も多かったです。右ハンドル
 車と左ハンドル車が混在していますね。日本の中古車がけっこう走っているみたいですね。ピカピカ
 の新車なんて全然見かけません、殆どのクルマがボロボロガタガタ。キズだらけでタイヤも摩耗しき
 っているようなクルマばかりです。この国では、クルマを一台買ったら徹底的に乗りつぶすまで買い
 替えたりすることはないらしいです。

 それに運転もすごく荒っぽい、交通道徳なんてものは全く持ちあわせていないようですね。で、そう
 いう道路状況の中を横断歩道とか関係なく、人が平気で渡っているんですよ! この国では信号機な
 んてほとんど目安でしかないみたいですねえ。よくこれで事故が起こらないなあ、いや実際のところ
 はよくわからないんですけど、ウランバートル市内のクルマの交通量はかなりのもので、交通渋滞も
 当たり前みたいです。

 道を歩いていて気が付いたのですが、自動販売機が一つもない! そういえばコインパーキングみた
 いなものも全然見かけないですね。そもそもこの国ではお金といえば紙幣ばかり(全部で9種類が流
 通しています)で硬貨は殆ど全く使用されていないようです。

 街中のお店はどれもショーウィンドウがないんです。だから何を売っている店なのかよくわからない
 のが多い、これはなんだか妙な感じでした。あとで聞いた話では、ショーウィンドウなんて付けたら
 あっという間に破壊されてしまうから、なんだそうです。確かにここ数年、ウランバートル市内も治
 安が悪化してきているという話はあらかじめ聞いていましたが・・・。

 外国人旅行者を狙ったスリや強盗などの被害も実際に出ているようですし、街中を歩くときには気を
 つけていないと。

 市内を歩いている地元ウランバートルの人達は、着ているもの等は日本人とそれほど変わりませんで
 した。ジーンズとか普通にはいていたし。 まあ、都会で民族衣装なんて着て歩いている人はいないわ
 けですね。私だって着物を着て、腰に刀を差して歩いたことなんてないし(そもそも銃刀法違反にな
 ってしまいます)。

 


 さて、お昼過ぎにホテルに迎えのクルマが来て出発、いよいよ仕事開始です。

 今回、どこで誰に会って、どういう話をしたのかは守秘義務がありますので公開できません。通訳
 にはモンゴルの日本語学校の講師の先生がついてくれたので、言葉の問題は心配ありませんでした
 (まあ、たぶん・・・)。

 これをきっかけにして、モンゴルでも『万象算命学』に理解と興味を示してくれる人が今後少しでも
 増えてくれたら嬉しいですね。将来、「創楽院モンゴル支部」が出来ることだって、あり得ないこと
 ではないのですから。

 いろいろと話をしていてわかったのですが、モンゴルでも十二支は使われていました。今年は「豚」
 の年、中国やモンゴルでは「亥=イノシシ」は「豚」の事なんですね。特にモンゴルでは今年は60年
 に一度やってくる「金の豚」の年、とてもおめでたい年だそうで、それもあって今年結婚する若い
 カップルが例年よりも多いのだそうです。干支では今年は「丁亥」なんですが、「金の豚」って? 
 日本に帰ったらちょっとそのあたりを調べてみることにしよう。

 夜は関係者数名とホテルから割と近い所にあるという、ウクライナ料理の専門店に招待されました。
 せっかくモンゴルに来たのだから、別に私はモンゴル料理で全然構わないのですが、先方が妙に気を
 遣ってくれているみたいで。。。

 ということはモンゴル料理って、日本人の味覚からするとそれほど不味いものなのだろうか? 
 そう思うとなんだか余計にモンゴル独自の料理を食べてみたくなるのだが。

 ごちそうになったウクライナ料理はなかなか美味しかったです。店内もとてもキレイで高級感があり
 ました。でも、ここでもハエがブンブンと当たり前のように飛んでいました。どうやらモンゴルの人
 達にとってはハエはお友達のようなもの、みたいですね。はたき落としたり、つぶしたりする光景は
 全く見られませんでした。このあたりの感覚は日本人とは全く違いますね。

 夜、外を歩くととても寒かったです。吐く息が白い! 昨日辺りから急に気温が下がってきたそうで、
 もしかすると明日は山の方では雪が降るかも知れないとのこと。

 ホテルへ戻ってきてみたら、なんとその地域一帯が停電! エントランスのあたりは真っ暗で、フロ
 ントにはロウソクが数本立っていました。ロウソクの光で照らされたホテルスタッフの女性達の顔が
 妙に不気味でコワイ。噂には聞いていましたが、やはり停電は多いみたいですね。
 なんだかホラー映画に出てくる妖しいホテルみたいで面白かったです。

 ホテルの客室のある棟は予備電源が稼働していて、普通に電気が使えました。でもさすがにエレベー
 ターは恐くて乗れない、途中で止まって閉じこめられたら大変ですからねえ。

 5階まで階段を上って部屋に戻ってから、シャワーを浴びて(残念ながら大浴場は夜10時でクローズ
 していました)、寝る前にテレビを観ていたのですが、モンゴル語の放送だけでなく、英語の番組や
 中国語、韓国語、ロシア語(らしきもの)等々、チャンネル数は意外と豊富でいろいろな番組をやっ
 ていました。韓国の映画をモンゴル語で吹き替えしていたりして、こういうのが奇妙で面白かったり
 しました。あと、テレビのコマーシャルが全然洗練されていなくて、それがまた面白かったです。

 日本語のチャンネルはNHKだけでしたが、日本の大相撲のニュースはNHK以外でもちゃんと取り上げ
 られていました。やはりモンゴル人の力士が新横綱の白鵬を筆頭に何人も活躍しているからでしょう
 か。

 電気ポットでお湯を沸かして、部屋に用意されていたインスタントのコーヒーを飲んでみました。
 一杯分がコーヒーとシュガー、それに粉のクリームが全部ミックスされているのです。なんだかやた
 ら甘くておまけに殆どコーヒーの香りがしない・・・。

 モンゴル人はお茶(日本でいうところの紅茶)は良く飲むそうですが、一般的にコーヒーというのは
 あまり飲まれていないみたいです。どうやらコーヒー豆そのものがここでは高級品の部類に入るみた
 いですね。朝食を摂ったホテル内のレストランでもコーヒーはインスタントの粉(缶にはネスカフェ
 のロゴが付いていたけど)タイプしかありませんでした。

 と、まあこのような感じでモンゴルでの第2日目が無事に終わりました。一応、今回の仕事はこれで
 お終いなんですけど、明日はまたどこか招待してくれるという話なので、あまり遅くならないうちに
 寝ることにします。またベッドから転がり落ちないように気をつけないと(苦笑)。

 


2007.9.15(土)その2「チンギスハーン国際空港」

 結局飛行機が成田を飛び立ったのは午後8時でした。それから約4時間半でモンゴルのチンギスハーン
 国際空港に無事到着。東京との時差は約1時間なので、日本時間の深夜0時30分、現地時間では夜の
 11時30分に到着したことになります。

 さて、入国審査はすぐに終わり預けた荷物も無事だったのですが、案の定この時間では両替所は閉ま
 っている、日本円(yen)をトゥグリク(Tg)に両替しないことにはタクシーにも乗れない、という
 ことはウランバートル市内のホテルまで行けない→野宿→そして凍死???

 成田を発つときには半袖のTシャツ姿だったのですが、一応念のために腰にセーターを巻き付けてお
 いたのです。やはり、モンゴルの夜は9月半ばでも相当に寒い!

 どうしよう〜、と半ば途方に暮れかけていたのですが、幸いなことにモンゴル側の関係者がちゃんと
 空港までクルマで出迎えに来てくれていたのでした。

 凍死の危機はなんとか逃れましたが、空港からウランバートル市内までの約30分、道路は信じられな
 いくらいにデコボコ。日本の都会ではこんなの絶対にあり得ない。深夜なので、街並みの様子はよく
 わからなかったのですが、あまり背の高い建物は見当たりませんでした。やっぱり日本とは、なんと
 なく違うかな。割りと四角い、角張った建物が多かったみたいです。

 なんとか無事にホテルに到着して、明日に備えてこの日はすぐに寝ることにしました。

 さて、ベッドに入ったのがモンゴル時間で夜中の2時半くらいだったのですが、すぐに眠りに落ちて
 しばらくしてから、私はいきなりベッドから転がり落ちて右ヒザを床で強打しました!

 過去50年生きてきて、ベッドから落ちたことなんて殆どありません。実は夢の中でウルサイ若造とケ
 ンカをしていたみたいで、相手をヘッドロックに極めた状態から思いっきり締め上げて、さらに腰の
 ひねりを効かせて思いっきりぶん投げたのです。。。 つまりその、思いきり腰をひねって、その勢
 いで私はベッドから勢い良く転がり落ちたわけなんですね(大笑)。

 う〜ん、なんか時々こういうことをやってるみたいだなあ、私って。

 以前にもサッカーをやってる夢で、思いっきり壁を蹴って足先に激痛がはしったことがあったし、ほ
 んの数カ月前にも、うつ伏せに寝ていたときに化け物女(リングの貞子みたいな感じのやつ)と格闘
 している夢で枕の上に乗っていた自分の手に、このときも全身全霊を込めた頭突きをやってしまい、
 手の甲が割れたかと思ったことがありました。寝ぼけている、って次元じゃないんですよねえ。。。

 でも、ちゃんと技を仕掛けているところがなかなかすごいでしょ?
 これがあるから、私はいつも1人で寝るしかないんですよ。もしも女の子がとなりに寝ていたら、
 暴行傷害事件に発展する恐れがありますから(←もちろんいままで一度も起こしていませんので、念
 のため)。

 明日の仕事、くれぐれも何事もなく無難に終わってくれますように・・・。

 


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2007.9.15(土)「それでは行ってきます」

 いま、9月15日の午前10時20分くらいです。本来はもうとっくに成田に向かって出発していなくて
 はいけない時間なのですが、なんと! 成田からモンゴルに向かう飛行機が、諸事情により出発時間
 が5時間ほど遅れることになったのです。

 当初の予定ではお昼過ぎに成田を飛び立って、夜の7時にはモンゴルの国際空港に到着する予定だっ
 たのですが、出発時間が夜の7時過ぎになってしまったので、到着は真夜中になってしまいます。

 なにしろMIAT(モンゴル航空)には、まともに飛ぶことのできるジェット機が、エアバス2機とボー
 イング1機しかないんですって。それでいくつもの路線を使い回しているため、そのうちの1機に何か
 トラブルが発生すると、もうどうにもならなくなるみたいなんです。成田〜モンゴル間は月・水・土
 と、週にたった3回しか飛ばないし。

 ということは・・・。

 モンゴルに到着しても深夜の空港では両替も出来ないだろうし(モンゴルでは円は使えない)、バス
 も出てないし、タクシーだっているかどうかもわからない、ということはウランバートル市内のホテ
 ルまで行く手段が無い!

 空港内で夜明かしすることになるのだろうか?
 東京に比べると気温はかなり低いみたいだし、・・・もしかして凍死???

 なんだかスタートから波乱含みで、この先どうなるんでしょう〜。。。


 あ、そういえば急に思い出しました。このホームページ、本日でちょうど丸8年になるんです。
 1999年9月15日に、朝から深夜まで丸々1日かけて、生まれて初めて作ったのがこのサイトです。
 たしか、トップページと鑑定の案内とか、始めはシンプルな内容でしたけど。

 時間って、本当にあっという間に過ぎ去っていきますね。

 それでは、ちょっと行ってきます。

 


2007.9.14(金)「モンゴル出張の準備中」

 いよいよ明日から4泊5日のスケジュールでモンゴルに行ってきます。今回は旅費は全て先方が出して
 くれるので気は楽なんです、私は財布にホンの少しだけお小遣いを入れていくだけ。モンゴルの物価
 は日本の10分の1位なので、2万円も持っていけば現地では20万円相当に使えるはず(でも本当に大
 丈夫かな?)

 着るものも、私はべつにたいしてお洒落でもないので、まあTシャツとパンツと靴下があれば十分で
 しょう( 笑)

 日本に比べると寒いみたいなので、セーターとかも用意しておこうかな。

 街中では日本語も英語も通じないそうなので、簡単なモンゴル語を、ホントに最低限だけど、いくつ
 か丸暗記しました。飛行機の中とか、ホテルの中でもモンゴル語会話の本で勉強しないと。

 あと、懐中電灯!!

 現地では、ウランバートル市内のホテルの中でも停電は日常茶飯事だそうなので、懐中電灯を用意し
 たほうが良さそうです。

 日本と比べると全ての面においてモンゴルは「不便」だそうなので、覚悟していかないと。

 あと、市内では外国人観光客を狙ったスリとかも増えているんですって。まあ、まさか私にスリを仕
 掛けてくるほど度胸のあるヤツがそうそういるとも思えませんが、

 もしそういうのが近寄って来たら、

 モンゴリアンチョップ(←って知ってます?)をぶち込んでやる〜!!

 で、私はもしゆっくり買い物をする時間があれば モンゴルの民族衣装とか、あとモンゴル相撲の衣装
 を一式、買ってきたいと思っています。

 ところで私、今朝の段階で体重が89キロ、この一週間で5キロの減量に成功しました。モンゴルは食
 べ物は不味そうなので、今回の出張で太ることはまずないでしょう。

 


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2007.9.13(木)「こんどは核テロ?」

 あの9.11のテロに続いて、今度は核兵器を使用したテロが計画されているという話があります。
 もちろん、前回同様、アメリカ=ブッシュ政権による自作自演だそうです。

 


2007.9.12(水)「安倍総理が辞任」

 いきなり、辞任・・・。びっくりしました。
 来年の半ばあたりまでは続くだろうと観ていたのですが。

 アメリカに行って、ブッシュに脅されてきたのではないでしょうか?
 


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2007.9.7(金)「台風が去って」

 なんとか台風は北の方に去ってくれたようですが、きょうの東京はまだ風が強く吹いていました。
 昨夜は雨と風がすごくてジムには行けなかったので、きょうは夕方から有酸素運動だけやりに行って
 きました。明日が講習会なので、きょうはその準備があるのであまりハードなトレーニングは出来ま
 せん。

 実は最近、事務所に体脂肪の計れる体重計(といえばいいのかな)が導入されまして、それで計って
 みたらいつのまにか体脂肪率が26%になっていたんです!! これはショックでした・・・。

 以前に測定したときは(といっても2年くらい前ですが)15.8%だったのに。

 ということは・・・、

 この2年間に増えた体重の大部分は筋肉ではなくて脂肪だったのかあああああ〜

 というわけで、私はここ数日「メタボリック症候群」が恐ろしくて、食生活を大幅に改めることにし
 ました。これからしばらくは筋肉をデカくするトレーニングではなく、体脂肪を落とすトレーニング
 にチェンジして頑張ります。いやあ体づくりって、本当にむずかしいものですねえ。

 で、明日は講習会ですので、みなさんちゃんと来るように。
 当日申込も受付けます(まだ若干名席あります)。
 講習会の詳細はこちら

 


2007.9.6(木)「台風9号が来てます」

 きょうの東京は昼間から天候が不安定で、夜になってますます雨も風も強くなってきています。これ
 じゃ鎌倉の自宅まで帰るわけにもいかないので、今晩は事務所に泊まり込みです。

 ここからいつも通っているジムまで歩いて6〜7分なのですが、着くまでに雨でグシャグシャになりそ
 うなので、きょうはちょっと止めておきます。 何か飛んできて怪我をするのもイヤだし。

 それにしても、風のうなるような音、凄すぎてコワイですねえ。ここはビルの9階なのですが、暴風
 の猛威で事務所の窓が破れるのではないかと心配です。朝起きて床上まで浸水していたらどうしよう
 〜って、そんなことはあり得ないか。でも今回の台風はなかなか強敵です。こういうのは久しぶりで
 はないでしょうか?

 風の音があまりにもうるさすぎて、これじゃあ今夜はのんびり眠れそうにありません。

 みなさんのお宅は大丈夫でしょうか?

 


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2007.9.3(月)「伯耆国の秘密〜牡牛神と蛇神」

 今年はお盆休みに鳥取県(かつて伯耆国だった)の伯耆大山に登ったりして、伯耆家、伯耆一族のル
 ーツ探しを少しずつやっているのですが、東京に戻ってきてから色々調べていたらびっくりするよう
 な事がわかりました。

 実は伯耆の「伯」は「牡牛神」、「耆 」は「蛇神」を意味するのだそうです。

 伯耆(ホウキ)という国名の由来についてですが、紀元前3000年あたりの古代シュメールでは牛の
 神のことを「ハル」、ヘビの神を「キ」と呼んでいたそうです。その「ハル」と「キ」の二神を古代
 の日本では「伯耆」と呼んでいたそうです(紀元前の話)。

 牛の神様とヘビの神様を崇敬する民族、古代中国の「周」の時代の末期にその氏族が日本へ、現在の
 鳥取県西部のあたりに渡ってきて住み着いたらしいとのこと(ちなみにそのお隣が出雲の国、現在の
 島根県です)。大昔の日本の牛神信仰はこのあたりから始まっているようです。

 私はこれを知って飛び上がりそうになるほどビックリしました。

 だって、今回の旅行で出会った動物って、伯耆大山を下山するときに出会った大きなヘビと、その翌
 日に行ってみたこれまた伯耆大山のふもとにある牧場の牛の群れ、この2種類だけだったんですよ!

 これは、何か私へのメッセージなんだろうか?

 牛とヘビ、偶然にしてはあまりにも凄すぎます。これからもっと時間をかけて、伯耆国と自分の先祖
 のことをより詳しく調べてみたいと思います。

 紀元前3000年のシュメール時代に描かれたレリーフに、この牡牛神と蛇神をはさんで七つの枝を持
 つ世界樹というものが描かれているのですが、これがなんとなく私の考案した『万象算命』の「心観
 星命樹」をイメージさせるんですよ。なんだかとても不思議な気持ちです。

 やっぱり、何かありそうな気がする。
 私の、本当の大仕事は、まだこれから始まるような気がするんです。

 


2007.9.2(日)「映画:華氏911」

 先日観た「シッコ」がとても面白かったので、他のマイケル・ムーア監督の作品も観てみようとレン
 タルしてきました。タイトルは「華氏911」というもので、あの9.11のテロ事件のことを直接採り上
 げた映画ではありませんでしたが、この作品もなかなか面白かったです。

 


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2007.9.1(土)「いきなり涼しくなりました」

 今朝は涼しかったですねえ。カレンダーが9月のページに変わったと同時にいきなり気温が下がった
 みたいです。そろそろ秋らしくなってくれるかな、個人的には秋が一番好きな季節なんです。

 早いもので今年もすでに3分の2が終わってしまいました。

 今月からまた講習会がスタートするし、グループレッスンもまた新しいクラスを増やしてみようかと
 考えています。鑑定所も料金体系を一新しますので、より多くの方に喜んでいただけるようになるは
 ずです。

 新しい著作は、もうちょっとお待ち下さい。従来の「算命学」のイメージを打ち破るような、斬新な
 内容のものになるはずです。「『万象算命学』はそこまで考えているのか!」というような本。
 これらが出版されれば(実は1冊ではなく、複数あるのです) 、間違いなく「算命学」の未来は明る
 い、と断言できます。

 私にとって秋という季節は本領発揮のとき。まだ他にも新しいアイディアがあるんですよ(謎)。

 


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